ミニマムライフコストは5万円!?小さなお金で大きな暮らしを。

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つしま(@NKGycCnnFqGmJyk)です。

 

最近、会話の中に「ミニマムライフコスト」という単語がよく出てきます。

(ミニマムライフコスト▶︎自分や家族が健康的に生活するために最低限必要なお金)

 

わたしが住んでいるシェアハウスの住人GJがミニマムライフコストの計算をしていたので、わたしもやってみました。

 

▽「ミニマムライフコスト」の詳しい説明はこちらを読んでください!

【いくら稼げば幸せ?】「お金がないと不安」を解消するためにミニマムライフコストを計算しよう - GJのキレイゴト

 

 

わたしのミニマムライフコストはこちら。

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5万円。思ってたより少なかったです。

もちろん月々の出費はこれに収まりません。

でも5万あれば最低限の生活はできます。

 

むしろ旅行するために生活コストを5万におさめているので、月の出費自体は8万くらい。

つい先日も3泊4日の東京旅に行ってきました。

 

 

正直、みなさんよりお給料はめちゃくちゃ少ないと思います。

わたしの収入はNintendo Switch ◯ 個分。

その代わり、新卒正社員の労働時間の3割くらいしか働いていません。

 

でも、生活にかかるお金が少ないから貯金もできる。

出勤しなくていいから、いつでも何泊でもどこにでも旅行もできる。

わたしは今の生活スタイルが気に入っています。

 

4月から働いて3ヶ月目。

この2ヶ月半で3泊4日の旅が2回、できました。

 

これからの目標は「旅費もミニマムライフコストに入れる」こと。

 

次の旅行は、初の海外にしてみようかなあと考え中です。

そのためには、生活コストを極限まで下げる。

わたしは生活コスト0になるまで諦めませんよ〜

 

みなさんも「ミニマムライフコスト」計算してみてはいかがでしょうか?

『生活の質』も『お金の使い方』も変わること間違いナシです。

 

 

 

【最後にお知らせ】

\ただいまpolcaに挑戦中!/

 

リモートワーカーなのに、東京と青森の往復しかできていない今の自分が悔しい・・・。

 

今年こそ日本を飛び出して世界を飛び回りたい!

ノマドに優しい国で観光も仕事もしたい!

 

初海外に挑戦すべく、パスポート取得のためにpolcaやってます!

もじもじちゃんなので、「みなさんからいただいたお金なら動くしかない!」と自分を追い詰めた結果、polcaという形をとることにしました。

 

よろしければご支援宜しくお願いいたします〜!

▽リンクはこちら!

polca.jp

人生に一度は、マラソンに挑戦してみてほしい。

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つしま(@NKGycCnnFqGmJyk)です。

 

先日、ハーフマラソンに出場しました。(無事完走!)

 

これで、マラソンへの挑戦は2回目。

(前回のマラソンの様子はこちらから↓) 

tsushimat.hatenablog.com

 

 

初めてのフルマラソンは、仲間と3人で一緒に完走。

そして今回はハーフマラソンに前回の3人で出場し、それぞれのペースで個人走。

 

「距離が半分なんだからハーフは余裕だろ」と思う方もいるでしょう。

ラソンはそうじゃないから辛く、面白いんです。

 

 

ラソン「限界を作ってしまう弱い自分との戦いである」ということ。

 

今回のマラソンで気がついたことです。

ろくに練習もせず本番を迎えたわたしは、5㎞で自分の限界を作りました。

「つらい」

「暑い」

「歩きたい」

「水飲みたい」

「帰りたい」

「日焼けしたくない」

「このままだと死ぬ」

もう数え切れないくらいの言い訳が頭の中で暴れていました。

 

多分、1人で参加を決めていたら、早々に歩き、第一関門を越えられず、リタイアしていたことでしょう。

 

わたしが、わたしの弱い心に打ち勝てたのは、一緒に参加している2人の存在でした。

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「わたしのずっと前にあの2人もここを走っている。2人も辛い時間を乗り越えたはず。スピードは違えど、同じ道、同じ距離を目標に向かって頑張ってるんだ」

 

その一心で、体が前に進むことを拒否するまで自分の体を信じてみようと思いました。

 

わたしより30分以上前にゴールしていた2人が、ゴール2㎞前まで駆けつけてくれ、一緒に走って応援してくれました。本当に本当に救われました・・・。

 

体って、頭では辛いと思っていても簡単にへこたれないんです。

5㎞で体の限界を感じ、完走を諦めていたわたしの体も21㎞走れるんです。

 

そう考えると、人間の意志って弱すぎるなって。

限界って、皆さんが思っているよりもずっとずっと先なんです。

 

何でも始める前から「わたしにはムリだから」「失敗したくないからやらない」と諦めたり、「何でこんな辛いんだろう・・・」「何をやっても上手くいかない・・・」とよく落ち込んでいたわたしですが、マラソンを完走してからはこんなこと一切思わなくなりました。

 

間違いなく、これまでの人生で一番辛かったことを聞かれたら、今回のハーフマラソンと答えます。

 

それでも、まだ自分の限界は越えていないんです。まだ頑張れるんです。

 

自分の限界に出会った時が「死」と言ってもおかしくないくらい、極限まで人間は頑張ります。頑張れる生き物だと思っています。

 

わたし自身、マラソンは大嫌いです。本当に嫌い。今でもキライ。

でも、完走した自分は大好きです。尊敬します。本当にすごい。

「できないと思っていたことができる」その瞬間を求めに、走っているんだと思います。

精神的にも身体的にも辛いマラソンを通して、自分に戦いを挑んでいるみたいです。

 

なんか、走り終わると何でもできる人になった気分になるんです。

それほど走っている2時間半は命がけで、このことしか考えられないくらい超集中しています。

 

そして、このマラソンは人生に似ているなあと思うのです。

逃げ場のない中、自分の中にある壁に立ち向かい、越えるんです。こんなことしてたら、ゴールした後の自分は、確実に一回り大きい人間になっているに決まってます。

困難が多い人の方が強くなるってホントその通り。

 

何度も言うけど、マラソンは大っ嫌いです。まして1人で走るなんて一生御免です。

1人ランは今回で最後。

 

でも今回、弱い自分に出会えてよかったです。

弱音はたくさん吐いてたけど、最後まで諦めなかった、そんな自分を誇りに思います!

なんだかんだ頑張れるやつだなって思いました(笑)

 

この先ちょっとしたことではくよくよしないでしょう。

 

 

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すぐ諦めたり、自分に負けてしまう人には、マラソンに出てみてほしい。(最初は仲間を誘って参加するのがいいかも)

走るスピードや距離は何だっていい。1㎞でも、フルでもいい。

 

ただ、走ることを諦めようとしたとき、そこを越えられる人間なのか、諦めてしまう人間なのか、そこに気づいてほしいのです。

 

それを知っている人間は、人生の乗り越え方を攻略したも同じでしょう。

困難に立ち向かうのか、逃げるのか。

 

騙されたと思って、一度挑戦してみてください。

ラソンに、運動経験や運動神経の良さは関係ありません。(もちろん、自分の体力や運動経験に応じて事前の準備は必要です)

 

一番大事なのは、いかに自分と戦えるかです。 

 

では、どこかのマラソンでお会いしましょう!

(次はメロンが食べられる大会に出るかも・・・?!)

ありのままの自分になる

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こんにちはつしまです。

 

先日、社会人1年目の目標は『1仕事1遊び』という記事を書きましたが、

 

tsushimat.hatenablog.com

 

今年、いやこれからのつしまは、『ありのままの人間になる』を目標にして生きたいと思います。

 

急に何を言っているんだという感じですが、わたしの中では今わたしが目指すべき姿を見つけることができたと、心がスッキリしています。

 

4月になって、社会人になって、学生の頃よりも時間がたくさんできました。

そしたら、やりたいことがたくさんできました。

 

でも、残念ながらお給料がまだまだ入らないので、やりたいを叶えるための資金がありません。

 

 

そこでわたしが行き着いた先が「生きるために必要なお金を最小限にする」こと。

 

 

それを叶えるためには、人間の最低ラインを知る必要があります。

 

ご飯は食べ過ぎているのか、それとも、これだと栄養が足りていないのか。

ここはお金をかけるべきなのか、それとも、かけなくていいところなのか。

睡眠時間は多すぎるのか、それとも、足りていないのか。

 

いろんな当たり前だと思っていたことを見直すと、ちょっと欲張って生きてたんじゃないかな?って、思うことが多々あったんです。

 

無臭よりは良い香りがいいけど、その強すぎる香りは今の自分に必要?

地味よりお洒落の方がいいけど、シンプルだとダメなの?

 

自分の身の丈を超えて必要以上に着飾って、その無理した姿を誰に見てほしいんだろう。

その姿で、誰に何を与えたいんだろう。

 

 

 

それがわからないんだったら、余分な飾りを全て取って、一回まっさらになってみようと思いました。

 

自分のあるべき姿と向き合ってみたいと思いました。

 

そうした方が、本当になりたい自分が出てくるような気がするんです。

本当に、物足りないと思うこと。これだけは譲れないと思うこと。

 

今は断片的に欲しいものを手に入れているだけで、トータルで見たときに、なりたい姿になっていないはず。

 

今、少しずつ、自分の飾りを剥いでいます。

自分のちょっとした変化を毎日感じるのが、楽しくて仕方ありません。

意外と睡眠時間が少なくても1日過ごせるし、やりたいことが溢れ出した途端、寝ている時間すら惜しくなったり、今生きていて一番楽しいかもしれません。

 

 

 

話を戻して、

「生きるために必要なお金を最小限にする」を目指すために今のわたしがやるべきことは、身につけてきた飾りを剥ぐことじゃないのかなと、そう思いました。

 

メイクを薄くしたり、

カラーやパーマをやめてみたり、

今シーズンしか着ないような服を買うのをやめてみたり、

必要以上に食べるのをやめてみたり。

 

これだけで、

「自分の姿」と「やりたいことをやるための資金」が同時に見えてきました。

 

今やりたいことは、 

1. 毎日必ず食べているヨーグルトを自分で作りたい

→ヨーグルトメーカーで作ってみたい

→ヨーグルトメーカーを手に入れるためのお金が必要

 

2. 朝起きて、白湯を飲むこと

→やかんがないので手に入れるためのお金が必要

 

3. ジムに通いたい

→ヨガや水泳も運動の一環としてやりたい

→通うためのお金が必要

 

この3つが最優先で叶えたいことです。

 

 

そして、この春から目標に向かって新しく始めることは、

1. 農業を始める

→おばあちゃんちの畑で修行することが決定

→野菜や果物を買うお金がいらなくなった

→食への不安がひとつ消えた(自給自足への第一歩)

 

2. 資格を取る

→お金と向き合うようになって、お金のことをもっと知りたいと思うように。

→その知識が自分のためにも、他の人のためにも役に立つようになってほしい

→資格という肩書きを身につける

 

3. 複業をする

→今の収入ではやりたいことを全部できずに終わってしまう

→単純に自分の力でお金を稼ぎたい

 

この3つに今年は特に力を入れていきたいと思います。

 

 

最終的に、ここに書いた「やりたいこと」「新しく始めること」の中からお金を生み出せたら今年の自分にはなまるをあげたいと思います。

 

まずは、自分と向き合うことから始めてみたいと思います!!

 

 

何を始めるにも初期費用が必要で、何を買うにもお金が必要で、お金の存在を嫌という程突きつけられているこの頃であります・・・。

 

(もしよかったら、こちらも見ていただけたら嬉しいです・・・↓)

 

以上つしまでした!

社会人1年目の目標は『1仕事1遊び』。

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つしまです。

 

ついに大学を卒業し、晴れて新社会人になりました。

 

皆さんに「来年からどうするの?」と聞かれても今までごまかしてきましたが、わたしは、リモートワーカーになりました。

リモートワークできる職業って限られているので、皆さんなんとなくわかるかと思います。

そんな感じのことを仕事としてやっていきます。

 

そしてつしまの社会人1年目の目標は、『1仕事1遊び』です。

リモートワーカーたるもの、休みも仕事も全部、自分の裁量次第。

会社から与えられる仕事をこなすのみ。

 

なら、仕事と遊びの割合を半々にしたい・・・!

なんなら仕事<<<<<遊びにしたい!!!

いつに日にか仕事=遊び(遊びっていうかやってて楽しいこと!)になったらいいなあ。

 

という夢があるので、今年はとりあえず仕事と遊びの割合を最低でも1:1で保っていきたいです。

 

こいつ遊んでばっかだなーと思われることもあると思いますが、頑張ってお仕事します。

 

今、ネットで今の若い人の働き方がなんだのと、リモートワークや今の新卒の考え方がああだこうだ言われていますが、みんな、自分が生きたいように生きられているのなら、周りがとやかく言うことではないと思います。

 

 

 

どんな形であれ、みんなお金を稼いで、生活しているんです。楽しく生きられているなら、こんなに素晴らしく、幸せなことはありません。

どのくらい稼ぎたい、どのくらい遊びたい、そんなの人によってバラバラに決まっています。

だから、会社勤めも、リモートワークも、正社員も、契約社員も、フリーターも、全部その人がそれで生きやすいのなら、それでいいじゃないですか。

 

正解なんてないし、みんなが正解です。

 

わたしの仕事初めは4/3だったんですが、この日はなんと1時間しかお仕事しませんでした。いつこの日のしわ寄せがくるかハラハラしています・・・。

 

 今は資格勉強に時間を使っていますd( ̄  ̄)

何歳になっても学びは大事です。

 

とりあえず毎日遊びます!!!そして仕事します!!!

 

※余談

色んな場面での学生料金からの卒業にいちいち悲しみを隠せません・・・。

ボウリング、カラオケ、新幹線の学割、旅行の学生パック、などなど。

大人になるってこういうことなのかなあ。

お金を稼ぐということはこういうことなのかなあと考えながら、今日も1日遊んでいます。

 

つしまでした。

『エール』

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わたしは今、4人でシェアハウスに住んでいます。

わたしにとって、この3人は大切な家族です。

わたしは、この3人が大好きです。

 

家族よりも家族みたいで、家族よりも大事に思う瞬間だってあるくらい、大事な家族です。

 

そんなわたしたちは、

誰かが怪我をしたら、みんなが駆け寄って手当てをします。

誰かが髪を切ったら、みんなも髪を切ります。

誰かがYouTubeを見たら、みんなもYouTubeを見ます。

誰かが買ったら、みんなも買います。

誰かが食べたら、みんなも食べます。

 

誰かが喜んだら、みんなで喜んで、

誰かが笑ったら、みんなも笑って、

誰かが悲しんだら、みんなも悲しんで、

誰かが怒ったら、みんなで怒りを沈めます。

 

 

 

あと、

 

 

誰かが頑張っていたら、みんなも一緒に頑張ります。

 

 

今、我が家の大黒柱、ちっちゃなGJが、また一歩、前に進もうとしています。

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毎日まいにち、先の見えない道であがきながら、時にはこれで良いのかと、悩んで手が止まってしまう日もありながら。

迷っているよりなら、と、少しずつ、少しずつ、形にしようと、頭を悩ませながら、ワクワクしながら、、、

そんなGJをわたしたちは一番近くで見てきました。

 

1作品出来るごとに、わたしたちに嬉しそうに見せびらかすGJを見て、本当に楽しいんだなあと。

そんな姿を見て、わたしたちはほっこりした気持ちになるのです。

 

わたしを始め、うちのみんなはGJの作品を見て居ても立っても居られず、フライングして商品に触らせてもらえました。(見本用の写真撮影のために借りました!)

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自分たちがクラウドファンディングに挑戦したからこそわかる、毎日の不安や緊張と、支援メールの通知が鳴る喜び。

 

わたしたちメゾデは、GJの挑戦、そしてクラウドファンディングを応援しています。

 

どうか、GJの想いが一人でも多くの人に届きますように。

 

 

今はまだ、先の見えない真っ暗な道に佇んでいるかもしれないけど、GJの前に進もうとしている姿を見ると、彼にはその先の光がもう見えてきたんじゃないかって、思うときがあります。

 

GJの苦労も努力も、わたしたちにくれる、両手なんかじゃ収まりきらない優しさも温かさも、全部、全部、この作品を通して、この作品たちに袖を通して、そしてGJに恩返ししたいな。

 

わたしも、そんなGJの背中を見て、自分の光を見つけたくて、少しずつでも、間違ってもいいから、前に進もうと思えるよ。

 

「光」っていうのは、自分で切り開かないと見えてこなくて、でも、その光の筋は、みんなが広げてくれるものなのかなって、思うんだ。

 

小さな小さな一筋の光が、今道になろうとしてる。

消えちゃうかもしれないけど、細くても、弱くても、わたしはGJが見つけてきたこの「光」に、この先も光り続けてほしい。

 

わたしたちはずっとずっと、GJの大切な仲間だよ。

ずっとずっと、GJの大切なふぁみりーだよ!

 

GJ、突き進め!

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わたしが応援しているGJのクラウドファンディングの詳細はこちらから ↓

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泪の理由

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わたしは小さい頃から良く泣く子だった。

 

 

幼稚園の頃のわたしは、

 

お母さんとお父さんが仕事に行くとき

 

妹たちと喧嘩したとき

 

幼稚園のお友達に怒られたとき

 

道路で転んで膝を擦りむいたとき

 

着たくもない服を着せられたとき

 

ずっと泣いてた。

 

 

小学校のわたしは、

 

勉強がわからないとき

 

一番が取れなかったとき

 

クラスメイトに「デブ」「ブス」「髪の毛ちんちくりん」って言われたとき

 

お父さんに怒られて外に出されたとき

 

いとことバイバイするとき

 

泣いてた。

 

 

中学生になって初めて、

 

映画を見て泣いた。

 

次の大会に進めなくて泣いた。

 

大会で勝って泣いた。

 

好きな人に彼女ができて泣いた。

 

 

高校生のころ

 

好きな人に告白して、振られて泣いた。

 

身近な人の死に直面して、泣いた。

 

受験期は、何度もなんども、毎晩のようにベッドの中で泣いた。

 

先生や仲間に見下されて、泣いた。

 

 

 

まだまだ、たくさんあるだろうけど、もう思い出せないや。

 

 

 

そんなわたしも最近、

 

悲しそうなお母さんの横顔を見ると、泣きそうになる。

家族が悲しそうな顔をしていると、泣きそうになる。

 

今までも、同じ表情を何回も見てきたけれど、これがお母さんの「涙」を堪えている顔だって、何にも気づかなかった。

 

考え事をして泣きそうになると、黙って一点を見つめて、わたしたち子供の前では決して涙を見せない、わたしのお母さん。

 

車の中で喧嘩したとき、ルームミラーに映る、涙目のお母さんの顔。

 

夜中、寝ようとしても寝られなくて、ため息と寝返りの音ばかり聞こえてくる、わたしのお母さん。

 

でも朝になれば、いつも通り朝ごはんを作ってくれる、お母さん。

 

何ヶ月も、部屋にこもって、感情を出すことも忘れ、感情を失ってしまったお母さん。

 

 

やっと今、ちゃんと笑っているお母さんの顔を見れるようになった。まだその奥には、真っ黒い塊が見えるけど。

 

 

大人になると、母になると、こんなにも涙を我慢しなければいけないのだろうかと、不思議になる。

 

そんな母を見ているから、大人になると、涙を我慢しなきゃいけないと思ってた。それが強くなるってことだと思ってた。

でも、人間そんな強くなれないし、歳をとったら、もっと弱くなるって知った。いろんなことを知りすぎて、弱くなる。

 

 

子供の前だろうが、親の前だろうが、他人の前だろうが、こらえきれず出てきた涙が、本当の涙なのに、本当の感情なのに、どうして人は、その感情を押し殺してしまうのだろう。

 

 

わたしは、どんな時でも、誰の前でも、泣きたい時は泣く。

 

生まれた頃は、気づいてもらうため、

そして悲しみや悔しさを表現するための涙に変わり、

今では感情がピークに達しとき、どんな感情であれ涙がこぼれてくる。

 

もっと泣こう。もっと笑おう。

 

そんな、能面みたいな顔して、楽しい時だけ表に出てくる感情なんて、自分でコントロールできる感情なんて、感情じゃない。

 

 

もちろん、場をわきまえることも大事だけど、

本当に大好きで大切な人たちの前でなら、たまには思いっきり、吐き出してほしいと、

思いっきり泣いていいんだよって、母をみて感じました。

 

「産声を上げる」のが生まれて初めての仕事と言われるように、わたしたち人間は、涙をもっと大切にしていいとおもう。

 

涙を流すことは、悪いことじゃない。わたしたち人間の仕事。

 

感情は経験から生まれ、いろんな経験をして、感情が豊かになる。乏しくなる人だっている。

 

でもね、だから涙の理由って、一生増えると思う。

感情の山がどんどん増えて、それぞれの山がどんどん高くなっていく。

 

感情に左右されるのが時間の無駄、なんて言われてしまう時代になっちゃったけど、感情にこそ、時間を取られる人生を歩んでいきたいなと、わたしは思うの。

 

誰かを心配したり、誰かにドキドキしたり、頭の中がそれだけでいっぱいになって、

その時は、「もっと他のことできたのに全然手につかなかった・・」っていうかもしれないけど、それはちゃんと経験になってるから。

 

 

感情を持つことは素晴らしいことだし、自分に感情を持ってくれる人がいるのはもっと素晴らしいこと。

 

イライラしたり、鬱陶しかったり、おせっかいだなあと、嫌いになりそうになったりもするけど、みんなから無視される人より、何百倍も幸せなこと。

 

 

周りの目なんて気にしないで。

 

今の自分が生きたいように生きて。

 

お母さん、お母さんの人生は、まだまだこれからだよ。

 

これからの楽しい明るい未来のために、たくさん泣いて、たくさん笑っていこうね。

 

 

ねえお母さん、家族っていいね。

 

何にも言わないけど、みんなお母さんのこと心配してるし、みんなお母さんのこと、大好きだよ。

 

 

娘3人の中で一番素直じゃないし、一番わがままで一番喧嘩してるけど、わたしも、妹2人になんか負けないくらい、お母さんのこと大好きだからね。忘れちゃダメだよ。

 

 

 

帰ってくる人、待ってる人がいるということ。

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みなさんは、お酒を飲みますか?

お酒が好きですか?

 

わたしはお酒が好きです。

でも、飲むのは半年に1回程度になりました。

毎週遅くまで、時には朝まで飲み歩いていた頃が懐かしい。

 

今日はなんでわたしがお酒を飲まなくなったのか、少し考えてみました。

 

まあ一言で言うと、ああいう大人になりたくないなって思ったんですね。だから飲まないっていうのは極端な話なんですけど。

大人になって、酒を飲んで飲んで飲みまくって、夜中げらげら笑いながらいいだけ騒ぎ、眠気に襲われ家にたどり着けないまま朝を迎える。

 

こんな大人にはなりたくないなって、思いました。

ダサすぎる。いい大人が何をしているんだろうって。

 

どれだけ大好きな人たちとの数年に一度の再会だろうが、日頃の鬱憤が溜まってやってられないのかわかりませんが、そんな理由はどうでもよくて、

ただひたすらにみっともなくて、節度のない姿がとてつもなくカッコ悪い。

 

いいんですよしても、別に、

でも、わたしには、人間として尊敬できる姿には到底思えないんです。

普段は、こんな奴は思考停止しているのと同じ、自分の人生ちゃんと考えて生きてる?なんて他人のこと言ってますけど、いくらすごい人でも、そんな姿見ちゃったら、節度ない大人の方がよっぽど頭大丈夫?って思いますね。

 

こんな人たちって、家庭を持ってたり、どこかで危機が訪れても、自分の楽しみしか考えてないんだろうなあって、未来が見えて。

状況が違うなんて言うかもしれないけど、そんなの心の奥底にある気持ちは簡単に変わらない。自分の「楽しい」を、ずっと追いかけていたいだけ。

 

 

”大切な人を大事にしたいなら、常に節度ある態度をとれ。

飲み歩くことを否定してるんじゃない、この時間まで出歩かなきゃいけなかったのかを考えろ。

あなたはそれを望んでいなくても、帰りを心配して夜も眠れないくらい、帰りを待っている人だっている。一緒に生活し、一緒に暮らしているとはそういうことだ。いつだって、誰だって、心のどこかで気にしてくれてるんだよ。

あまりにも楽しい目の前だけをまっすぐ見すぎて、あなたを見てくれて、想ってくれて、心配してくれている人たちの心を、その瞬間は忘れてしまうのか。”

 

 

こうやって、たった一回の出来事かもしれないけど、大切な人をなくすんです。

 

家族も友達も恋人も、きっとみんな大切な人たちだけどさ、

大切な誰かを失ってまでほしい存在や時間ってなんなんだろう。

本当に馬鹿だなあと、思うんですよ。

どっちも大切にできないんかな。

こんな不安になって、モヤモヤして、何か悪いことが起こったんじゃないかって心配になって。

せめて、日が登る前に、最後はその寝顔を見届けて、一日の始まりを迎えたいと。

 

 

 

 

すんごい偉そうに言ってますけど、わたしもずっとこの気持ちがわからなかったんです。

なんでこんなに心配して連絡してくるんだろう。

別に迷惑かけてないのに、なんでこんなに怒られてるんだろう。

 

でも、玄関を入った瞬間、怒りでいっぱいの顔の中に垣間見える「帰ってきてよかった」と言わんばかりの安堵の表情を見て、わたしはもうこんな思いを誰にもさせないと、あの日決めました。

わたしに感情を持って言葉をかけてくれる人を、わたしは人生で一番大事にするべきだと思っているから。 

 

好きな人たちと楽しい時間を過ごすことに夢中になりすぎて、本当に自分を想ってくれている人を傷つけてしまった。

 

”別に朝までその人たちに付き合う必要ないじゃん、別の日にまた遊べばいいだけ。

そんなにその人たちと今日過ごすことが大事なの?今この時間、その過ごし方が、お姉にとって、お姉の大事な人たちにとって、それが一番なの?家族の気持ちを差し置いてまで会うくらい大事な人たちなの?私たちの声は、今のお姉には何にも届かないんだね。

でも、もし、そうじゃなかったとしたら、少しでも早く帰ってきてね。お姉と一緒にお話したいよ。”

 

わたしの姿を見て、妹たちが飲み歩かない理由がよくわかりました。悪いお手本をしてしまったと本当に反省しています。

 

家族って、家に帰れば必ずいます。

だから、今日くらいはいいじゃんって思ってたんです。

だって、いつでも会えるから。

 

でも、その”いつでも”って、なんなんですかね。

"いつでも"に、いつ最後が来るか分からないのに。

そうやって大事な人の気持ちを考えず、いつでもどうにでもなるからって、後回しにしてもいいんですかね。

仕事とかは、「いつでもいいやつは後回し」なんて、それでいいかもしれないけど、人の気持ちを後回しにするって、本当にひどいことをしてた。

その瞬間、わたしの行動で傷ついている人がいるなら、わたしは自分の楽しさを抑えても悲しみを減らす努力をするべきだった。

それが、わたしの幸せなんだよなあって、

 

だから、わたしは、節度のない人が大嫌いです。

遅くても真っ暗なうちに帰りたいし、帰ってきて欲しい。

それが、「帰る」ってことだと思うから。

大事な人の帰りを待つって、ワクワクを通り越すとこんなに胸がざわざわしたり、痛むものなんだって、心あたりのある人はちょっと考えてみてほしいです。

 

なんかね、共同生活って本当に家族なんだなあって、この気持ちを体験してから思うようになりました。

だって、どうでもいい人の帰りに一喜一憂なんてしてられないもん。

 

 

若かりし頃の、わたしの体験談でした。